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東京高等裁判所 昭和44年(ラ)312号 決定 1969年7月21日

抗告人 前田隆(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は末尾添付の別紙「即時抗告の理由」および「即時抗告理由追究」記載のとおりである。

本件抗告理由は、遺留分減殺は家事審判事項ではないと主張するので按ずるに、なるほど遺留分減殺請求の事項は民事訴訟手続に服するものであるから、それだけ独立して家事審判において申立てるときは不適法な申立であつて却下を免れないところであるけれども、遺産分割の申立をなすについて前提として遺留分減殺請求権行使の事実およびその効果を主張することは、遺産分割における遺産の範囲を明らかにし、これを明認したうえでその分割手続を進めることが必要である以上当然許さるべきであり、その事件を審理する家庭裁判所も、同様な理由で前提問題としてその事実の存否および効果判断をすることは何ら妨げない。何故ならば、それは民事訴訟事項としての遺留分減殺請求にかかる訴訟事件の裁判をなすものではないからである。およそ、遺産分割の審判のとき、関係人の間に遺産の範囲につき争がなかつたため、分割手続を進行し、その審判がなされて確定した後においても、この審判によつて目的物件に対する権利関係が確定されるものではなく、後になつてたとえば共同相続人の一人からその固有財産が誤つて遺産の一部に包含され分割手続がなされたとして、権利を主張するときは、その物件に対する権利関係は民事訴訟で確定されるべき事項であることは明らかであるのと同様に、遺産の範囲に争あるときでも、これを遺産に含まれるものとして分割する審判のされたときは、後にその権利関係について民事訴訟で争うことが許されることは、遺産分割の前提である遺産の範囲に関し家庭裁判所のした判断がいわゆる既判力をもつものでないことの当然の結果である。従つて、遺産の範囲に争あるときは、これを考慮に入れて、争ある部分を除いて審判手続を進めるのが妥当であるとしても、それだからといつて争ある物件を含めてした分割の審判は当然違法で取消すべきものであるということはできない。この理は、遺留分減殺請求の存否またはその効果が相続財産の範囲を定めるについての前提問題である場合といえども全く同様でなければならない。すなわち、家庭裁判所はこの前提問題を前提問題として判断するに止まり、減殺請求権を行使した結果の権利ないし法律関係は終局的には民事訴訟において判断されるのであるから、家庭裁判所は自らの資料にもとづき自らの判断によつて右前提問題を判断し、遺産の範囲を定めて分割の審判をなし得べきであつて、その前提問題が民事訴訟によつて終局的に判断される事項であるという一事でその審判を違法とすべきものではない。本件において、抗告人が原審判前政治および利子に対し遺留分減殺請求をしたことは、原審判の判示自体明白であるのみならず、その他の相続人らが同様の遺留分減殺請求をしたことおよび減殺額の点につき右政治、利子ともに何ら争つていないことは記録上十分うかがわれるから、非訟事件である本件分割審判における裁判の前提として右遺留分減殺請求の意思表示がなされた事実を考慮に入れて遺産の範囲を定め、遺産分割の手続を進行した原審判には何ら所論のような違法はない。

次に抗告理由は、利子は本件遺産の相続人でないから本件遺産分割の審判の関係人となることはできないと主張する。しかし、非訟事件の裁判においては、民事訴訟事件における厳格な意味の当事者の観念は原則として採用されていないところであつて、非訟事件である遺産分割申立において共同相続人の表示は必要とされるけれども、これを真正の意味で事件の当事者というべきか否か疑いがあるばかりでなく、右申立に共同相続人以外の「利害関係人」の表示をすることも許されるところであつて(家事審判規則第一〇四条)利害関係人があるときはこれを加えて遺産分割の審判をすることができないわけではなく、(同規則第一四条第一〇五条参照)しかも、その際利害関係人に対し裁判所が一定の金銭の給付を命ずることも許される(同規則第一一〇条第四九条参照。)。本件についてみるに、政治および利子に対しては被相続人松吉から前示生前贈与がなされ、かつ前記遺留分減殺の意思表示があつたので、原審がこの事実を斟酌して本件遺産分割をなし、原審判のとおり金銭支払等の給付を命じたものであることは、原審判の主文ならびに理由中の判文から明らかであつて、利子を利害関係人(原審判に「相手方」とあるのは誤記と認める。)として加え本件審判をしたことに何ら所論の如き違法はない。

なお、所論家督相続の事実は、旧民法第九八八条の規定の存する以上、原審のした所論認定を覆すに足るものではない。

その他記録を調べてみても、原審が定めた本件遺産分割に関する措置は相当で抗告人所論の如き違法の点はないから結局本件抗告は理由がなく、棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 荒木大任 裁判官 長利正己)

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